「……もう時間か」

領主の仕事が一段落ついたのをみはかり、お気に入りの赤い頭巾を被って執務室のドアからそっと外へと抜け出す。なるべく物音はたてずに静かに足を踏み出して、フレデリックやメイドたちには見つからないように目的の場所まで走り出す。今日は少し遅れてしまった。きっと彼はもうすでについていて、耳を長くして待っているに違いない……実際に人間とは異なる耳を持っているし……


「…ユーリ?いるのか?」
「……んあ?いるぞ」


訪れた場所は草木が生い茂る森の中。
顔もわからない、種族も違う彼とこうして細い木を挟んで少しの間話をするのが最近の習慣。彼は人間ではなく狼だ。本来ならばこんな関係、許されるはずなんてないけれど、彼と話すのは楽しかった。毎日の領主の仕事も忘れてしまえるくらいに。一つ問題があるとすればそれは


「……なぁ、いつになったら顔見せてくれんの」
「……いつか、ね」



いつかなんて、一生来ないことは知っていた。おそらくそれは彼も理解しているんだ。そうでなかったら深く追求でもなんでもすればいいのに、彼は絶対にそんなことはしなかった。いつも決まったように頷いて終わるのだ。だって俺たちはあってはいけないんだ。あってしまったら、顔を見てしまったら、この物語が始まってしまうから


「…どうして俺たちなんだろうな」


ユーリがポツリとぼやいた言葉に俺は何も言い返すことができなかった。そんなの、今更すぎるだろって、笑い飛ばしてやりたいのに。代わりに口から滑り落ちてきたのは、どうしょうもないくらい馬鹿げた強がり。こんなこと、言いたくなんてないのに。


「……でも俺は、これで良かったって思ってるよ」
「…は、何言って」
「…だって、俺が赤ずきんじゃなかったらユーリに出会えなかったんだろ?」


そんなの悲しすぎるじゃないか


「アスベ……」
「ごめん変なこと言って、でもこれが俺の本心だから」


嘘だ。こんなの本心なはずがない。ただの強がりだ。こんなの強がりでしかないんだ。本当はユーリの顔を見て話したい。本当はユーリと一緒に笑い会いたい。本当はユーリに抱き締めてもらいたい。本当はユーリに……キ、キスしてほしい。本当は、いっぱい、いっぱいユーリに愛してほしいんだ。でも俺とユーリは赤ずきんと狼でしかないから。どんなに願っても、望んでも、それは変わることはないから。……だから俺、沢山考えて、そして考えついた結論があるんだ。こんなのユーリは望んでないかもしれないけれど。俺はそれでも良いって思えたから。



「俺、ユーリになら食べられてもいいよ」
「お前…」



彼が振り向く瞬間、俺は彼を後ろから抱きしめてふりかえるのを止めた。遠くからしか見ることができなかった黒髪の狼さん。そんな彼が、今はこんなにも近い。


「…俺は、」
「うん」
「俺は嫌だ」
「うん」
「お前がいなくなっちまうのが嫌だ。」
「……」
「お前と話せなくなるのが嫌だ。お前と笑えなくなるのが嫌だ。お前にこうやって抱き締めてもらえなくなるのも嫌だ」
「…うん」
「でも、なにより」
「……え、……って、ちょ……!!」



ユーリは抱き締めていた俺の腕をいきなり掴んだ。そしてそのまま腕を思い切り下に引っ張って俺の頭巾を一瞬で被せると、その身体を抱きしめた。世界が一瞬でユーリで広がった気がして俺はユーリの胸の中に収まってしまった。ユーリは俺を強い力で逃がさないようにすると、そっと唇を耳元に近づけていつもより低い低音で囁いた。



「……お前をこうやって愛せなくなるのが一番怖いんだ」




ユーリの身体は震えていた。
……ああ、俺は馬鹿だ。世界で一番優しい狼さんを泣かせてしまった。皮肉やで、少し面倒くさがりで無愛想だけど……自分の意思をちゃんと持っている、優しい優しい俺の狼さんを、俺は泣かせてしまった。
俺は彼の背中にそっと手を回して、狼でも泣くんだな、と笑った。彼は茶化されたことに気づいたのか、ふてくされたような反応をしてみせたけど。


「…何笑ってんだよ」
「……んー?ユーリはやっぱりカッコいいなーって思って」
「……んだよそれ」



ユーリが笑って、俺も笑った。
いつまでこの関係が続くかなんてわからない。いつ物語が始まってしまうかなんてわからない。それでも良い。今この時の、このぬくもりだけは、確かに俺の中で存在したのだから。今は、それだけで良い。



ーーーーでも、とりあえずは今の気持ちだけは、この優しい狼さんに言っておくことにした。



「なぁユーリ」
「……なんだよ」



ありきたりだけど心からの言葉を貴方に。



「ユーリ、大好き!!」



狼は赤ずきんに恋をした
(赤ずきんは狼に恋をした)




いつか物語が始まってしまうその日まで

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